大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和25年(オ)319号 判決

上告人 国

訴訟代理人 青木義人 外三名

被上告人 佐野アヤ子

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告指定代理人石井良三、同堀内恒雄、同岡本元夫の上告理由は別紙記載のとおりである。

被上告人は本訴を提起して、その有する日本国籍が日本人との婚姻によるものであるとの確認を求め、原判決はその請求を認容したのであるが、論旨は、被上告人が日本国籍を有することについて当事者間に争がない以上被上告人は右のような確認を求める利益を欠く旨を主張するのである。

しかし、原判決の確定するところによれば、戸籍簿には被上告人は昭和一九年八月二四日附国籍回復許可により日本国籍を回復した旨が記載されているのであるから、少くともかかる戸籍の訂正の必要上からも、被上告人は本訴確認判決を求める法律上の利益を有するものといわなければならない(当裁判所昭和二五年(オ)三一八号、同三二年七月二〇日大法廷判決参照)。論旨は採用することができない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条を適用し、裁判官島保、同河村又介の後記意見を除く裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

裁判官島保同河村又介の意見は次のとおりである。

確認の訴は、法律が特に認めている場合(たとえば民訴二二五条)を除き、現在の法律関係の存否につき争がある場合にその確定を目的とするものに限り許されるのである。事実関係の存否又は過去の法律関係の存否の確定を求めることは、確認訴訟の対象とすることをえない。本件において被上告人が日本の国籍を有することは、訴訟当事者の間に争がなく、本件請求の趣旨は、被上告人が日本人との婚姻によつて日本の国籍を取得したという過去の事実についてその確認を求めることに外ならないので、かかる請求の趣旨は不適法である。従つて、これをそのまま主文として掲げた原判決は違法であるから、原判決を破棄して被上告人の訴を却下するを相当とする。

(裁判官 小林俊三 島保 河村又介 垂水克己 高橋潔)

上告指定代理人石井良三、同堀内恒雄、同岡本元夫の上告理由

原判決には、いわゆる確認の利益に関する法の解釈適用を誤つた違法がある。

原判決は、「控訴人(被上告人)が現に日本の国籍を有することは当事者間に争ないところであるが、控訴人の有する日本の国籍が右のように日本人との婚姻によるものであれば、アメリカ合衆国の国籍法によつて、控訴人の同国の国籍はそのまゝ存続するし、これに反し国籍回復の許可によるものであれば同国の国籍は失われるという関係にあつて、そのいずれによるものであるかは、控訴人がアメリカ合衆国の市民権を有するか否かという現在の身分に直接関係があるのみならず、控訴人はさしあたり日本国家から国籍回復により日本の国籍を取得したものとして取扱われその国籍取得の経過は前記のように戸籍簿に記載されているのであるから、控訴人の国籍取得の原因が前記のように国籍回復の許可によるものではなく日本人との婚姻によるものであるとすれば控訴人としては少くとも判決によつて戸籍の訂正をなす必要があるから(この場合の戸籍訂正は、国籍回復の許可行為の効力に関する判断を含むから、戸籍法第百十三条の家庭裁判所の許可によつて戸籍の訂正をすることはできないものと解すべきである)控訴人の有する日本の国籍がそのいづれによるものであるかについて本件当事者間に争がある以上、控訴人は前記婚姻によつて取得した日本の国籍を現に有するものであることを即時に確定すべき法律上の利益を有することは多言を要ないところであろう。」し、また、「たとえ控訴人が日本の国籍を有しているという現在の法律関係について争がないとしても、前記のように控訴人がその国籍を有するに至つた原因につき争があり、しかもこれによつて前記のように他の法律関係に直接影響がある場合には、特定の原因に由来する現在の法律関係の確認を求めることができるものと解するのが正当であつて、これをもつて現在の法律上の地位に関係のない過去の法律関係の確認を求めるものということはできない。」と説示して、「控訴人の有する日本国籍は、日本人との婚姻によるのであることを確認する。」という判決をしているが、これは昭和二十四年(オ)第二四号事件について昭和二十四年十二月二十日に言渡された最高裁判所第三小法廷の判決と明らかに抵触するので、判例の統一を求めるため上告した次第である。なお、本件の御審理に当つては、前記第三小法廷の判決理由のほか、次の諸点についても十分の御考慮を煩わしたい。

第一、原判決は、前記のように、被上告人の有する日本国籍が日本人との婚姻によるものであるかどうかは、被上告人がアメリカ合衆国の市民権を有するか否かという現在の身分に直接関係があるから、被上告人の有する日本国籍が日本人との婚姻によるものであることの確認を求める被上告人の本訴請求は確認の利益があるといつている。しかしながら、被上告人が現にアメリカ合衆国の市民権を有するか否かということは、少しも争われていないのである。被上告人がアメリカ国籍を有するか否かという点をめぐつて現に当事者間に法律的紛争がある場合ならいざ知らず、そうした紛争が全くない本件において、被控訴人の請求を認容するかどうかは、被上告人がアメリカ国籍を有するか否かという現在の身分に直接関係があるからという理由で、確認の利益を肯定することはできない。確認の訴は、一般に一定の法律関係を確認することによつて現に生じている法律幅上の紛争を解決することを目的とするものであるから、戸籍法第百十六条のような特別の規定のない限り、具体的な法律上の紛争のないところに確認の利益がある筈がない。被上告人の主張によれば被上告人は日米二重国籍人なのである。しかして被上告人が日本の国籍を有することは当事者間に争のないところであり、被上告人が日本国籍の外にアメリカ国籍を有するかどうかの点は、現在当事者間に少しも争われていないのである。こうした場合には、被上告人は訴によつてアメリカ国籍を有することの確認を求める利益を欠くものと考える。現に法律上の争が生じた場合に確認の訴を提起すれば足るからである。従つて、仮りに、被上告人の有する日本国籍が日本人との婚姻によるものであるかどうかによつて、被上告人が現にアメリカ国籍を有するか否かゞ定まる関係にあるとしても、このことから当然に被上告人の本訴請求は確認の利益ありと断ずることはできないと思う。

いつたい、被上告人の有する日本国籍が日本人との婚姻によるものであるかどうかは、果して原判決の説くように被上告人がアメリカ合衆国の市民権を有するか否かという身分に直接関係のある事柄であろうか。判決は主文に包含するものに限つて既判力を有し、理由中の判断には及ばないのであるから、「控訴人(被上告人)の有する日本国籍は、日本人との婚姻によるものであることを確認する。」という原判決によつては、たゞ被上告人が現に婚姻による日本国籍を有することが法律上確定されるだけであつて、被上告人が日本の国籍と同時にアメリカの国籍をも併有するかどうかは全く別個の問題である。従つて訴訟法的には被上告人が現に婚姻による日本国籍を有するかどうかということと被上告人がアメリカ国籍をも併有するかどうかということは全く無関係な問題であつて、両者の間には毫も関連がありえない筈である。そうだとすれば、両者の間には「直接関係がある」し、又、「直接影響がある」と説く原判決は果して正当であろうか。上告人は疑いなきを得ないのであつて、原判決はこの点においても再吟味されて然るべきものと考える。もつとも、本件の場合に原判決が理由中の判断において示すように内務大臣の国籍回復の許可が当然に無効であつて、被上告人は日本人との婚姻によつて日本国籍を取得したものだとすれば、被上告人が日本人を父として米国において出生したという事実と相まつて、被上告人が日米両国籍を有することを認定することができよう。言いかえれば、被上告人は日本人との婚姻による日本国籍を有することの確認は、被上告人に対する国籍回復の許可が当然に無効であること、被上告人が日本人を父として米国において出生したという事実と相まつて始めて意味を持ち、ひいて被上告人が現にアメリカ国籍を有するか否かの問題と関連を生ずるのである。しかも重要なことは、この関連を生ぜしめる契機となる法律要件が原判決の主文のうちに包含されていないという点である。判決によつて確定された甲という法律関係に他の未確定の乙という法律要件が加わつた場合に始めて丙という現在の身分関係を確定することができるような場に、甲なる法律関係はそれ自体において独立して確認訴訟の対象となりうるか。これが本訴における詮議の一焦点なのである。上告人は、このように、それ自体においては独立の意味を持たず、他の要件が加わつて始めて法律的な意味を持つような事項は、一般に確認訴訟の対象にならないと解するのが妥当ではあるまいかと考える。若し、こうした事項まで確認訴訟の対象となるものとすれば、無用の訴訟が増えて当事者も裁判所も煩に耐えないことになり、訴訟本来の目的に反する結果になるからである。被上告人が日本人との婚姻による日本国籍を有することを確定した原判決は、結局において、被上告人がその主張のように果して日米二重国籍を有するかどうかを判断する場合における単なる一資料に過ぎない。判断資料を作るために確認の訴を認める必要はない。二重国籍の有無が争われた場合に直截に二重国籍を有することの確認を求めれば足りる。

第二、被上告人の戸籍に記載されている国籍回復の許可が原判決のいうように当然無効なものであるとすれば、戸籍法第百十六条の規程によつて、その記載は確定判決により訂正されるべきものであることは原判決の説くとおりであろう。たゞこの場合の確定判決は、行政上の便宜のためにする取扱はしばらく別として、理論上は回復許可そのものが無効であることを宣言する確定判決でなければならないと考える。判決の既判力は主文に包含するものに限られ、理由中の判断には及ばないのであるから、たとえ理由中に国籍回復の許可が無効であることの判断が示されていたとしても、それが主文に表示されていない限り国籍の回復許可という戸籍上の記載が法律上果して許すべからざるものであるかどうかの点については確定判決による判断がないわけであるから、その判決謄本を添付して戸籍の訂正を申請することはできないものと解すべきであるまいか。従つて被上告人が日本人との婚姻による日本国籍を有することの確認を求めることは、戸籍訂正との関係においても確認の利益を欠く。殊に「控訴人の有する日本国籍は、日本人との婚姻によるものであることを確認する。」という主文の抽象性(婚姻の日時も相手方も特定されていない。)は、戸籍の訂正を一層困難にするであろう。

被上告人は直截簡明に国籍回復許可の無効確認を求めるべきである。これによつて、被告人の所期の目的は、法律上の疑義を残すことなく、完全に達せられるのである。事を好んで奇を求める必要はない。

原審もまた、この点に関し、釈明権不行使の違法を犯したものというべきであろう。

以上のような理由から、原判決にはいわゆる確認の利益に関する法の解釈適用をあやまつた違法があり、とうてい破毀を免かれないものと考える。

以上

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